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2005年08月08日

■Gundam Quarter :: 3D :: Vol.10 「25日の模型屋」

 
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毎月25日になると、僕は少年時代通い詰めた模型屋を思い出す。

 ガンプラに魅せられた僕らの溜まり場は、勿論駅前の模型屋だった。毎月模型誌の発売日である25日になると誰が決めた訳でも無く仲間達が集まってきて、決して広いとはいえない店内を埋め尽くす。最新のトピックスやキットの作例記事を読むためだ。馴染みの大学生や浪人生、給料日だけあって会社帰りのサラリーマンのおじさん達も店に顔を出して、年齢差の関係無くああだこうだと意見を交える。それが模型屋における25日の光景だった。

 今思えば月末の稼ぎ時に長々と店を邪魔している僕らに店長は文句のひとつも言いたかったかもしれないが、一緒に店を切り盛りしている奥さんがことのほか僕らを可愛がってくれたので、結局高校を卒業するまで店長のカミナリを食らったことは無かった。いつも申し訳ないとは思いつつも、毎月魅力的な新情報を前にした僕らは興奮を抑え切れなかった。特に憧れのプロモデラーによるMS作例記事が載った月などは嬉しさのあまり、その考証や造形の巧みさについて、自分より年上の面々に講釈して周ったほどだった。少年故の浅はかな愉悦感を満足し終え、仲間と別れて自宅に帰ったとしても、深夜ラジオを聴きながら遅くまで作例記事を貪り読んで睡眠不足に陥っていた事は言うまでもない。それくらい僕は模型に、ガンプラに入れ込んでいた。

 店に入り浸っていた面子の一人にも、僕と同じくらいの模型狂がいた。彼とは小中学校通じて一緒だったが、別々の高校に入ってからは少しだけ疎遠になっていた。というのも自分と違って彼は帰宅部で早く帰れるし、模型雑誌も駅前の模型屋では買っていなかったからだ。25日近辺になると、彼は模型屋よりも早く雑誌を手に入れる為に隣町まで遠出をし、駅に隣接した書店で貨車から下ろされたばかりの新刊を手にしていた様なのだ。地方でも発売日の2,3日前には卸問屋に仕入れされる場合がある。それを知った彼は人一倍強い情報への欲求をバネに、ある月は23日、さらに早いときは22日近辺から模型屋に顔を見せなくなっていった。勿論僕も一日でも早く新しい模型誌を手に入れたい気持ちは同じだったが、小遣いの少ない僕にとって、あるかどうかわからない雑誌の為に電車代を出すのはもったいなかったし、なにより部活でヘトヘトな体を遠出させるのは面倒な気持ちの方が大きかった。その気持ちの差が、彼と僕との模型に対する意識の違いだったのかもしれない。

 実際彼の模型製作技術は、仲間内でも群を抜いていた。丁寧な工作技術は勿論、それとあいまった独創的なアイデアや考証力は中学時代から秀でており、店に出入りする大人達を唸らせてさえいた。大きな模型店が主催するガンプラコンテストでも毎年上位入選し、高校に入ってからは持ち前の行動力から模型雑誌の読者コーナーへ投稿する様になってもいた。次々と憧れのプロモデラー達の高評価を得ていき、そして何度目かの投稿で、彼の造ったザクはその月の読者投票によるNo.1投稿者の座を勝ち取る事になる。模型屋の店長は誇らしげに店先のショーケースへ彼の受賞作例を飾り、模型仲間の連中は賞賛の声をあげ、僕は嫉妬した。彼の実力を知っていたのは幼馴染である自分だけなのに、という勝手な思い込みや、純然たるレベルの差を告げられたような不安感。そしてなにより「送り手」であるプロの審美眼にかなったという羨ましさから、僕は言い知れない気持ちを抱く様になり、しばらく模型屋の扉をくぐることをやめてしまった。

 模型は決して優劣を競う為だけの文化ではない。それは十分わかっている。しかし少年の自尊心というのはそれを受け入れるだけのキャパシティを持ってはいない。彼にあって僕に無いものは何か?一緒に模型屋で見聞きしたはずの間柄なのに、一体自分は何を見落としていたというのか?矢も盾もたまらない気持ちで日々悶々とする中、いつしか工具を手に机に向かう時間も減り、僕は受験勉強に追い立てられるようになっていった。

 それでも模型雑誌は毎月欠かさず本屋で買い、特に模型誌主導の企画「ガンダム・センチネル」の連載記事は志望校選択に支障が出る位読みふけった。ガンプラブームも一段落した頃に現れた突然変異種ともいうべきこの企画は、それまでの模型誌作例のセオリーからは想像もつかない考証と造形レベルで僕達を圧倒し、「リアルなガンダム」を啓蒙していった。挑発的とも受け取れるセンセーショナルな連載に心を揺さぶられていった僕は、ある意味造形活動を躊躇する位の衝撃を植えつけられた格好となり、感嘆と同時に何か諦めの様な心境にまで至った。「何なんだこれは!」。それと同時にしばらく会っていない「彼」の気持ちを想像して、何か安心した様な、意地悪な気持ちが生まれていったのも事実だった。

 Zplusが店先に並ぶ頃、模型誌では「君にも作れる、完璧版キット改造攻略法」と題して、誌面の中だけでしか見ることのできなかった流麗なMSに近づけるための工作法を掲載していた。しばらく離れていた模型製作も、たまには気分転換にいいだろうと都合よく考え(実際には興奮して発売日近くは眠れなかったのだが)、学校帰りに購入に踏み切った。なんとなくバツの悪い気持ちから駅の反対側にあるデパートでキットを入手。それと当の昔に固まってしまったであろう自宅のプラキャストを想像して、新品を調達しに郊外のホームセンターへ自転車を走らせた。

 久々の工具棚を前にして目移りした後ようやく素材コーナーの棚に辿り付いた時、何か聞きなれた声が僕を呼ぶ。ひさしく通っていなくとも、それが模型屋のおばさんから発せられた声だということはすぐにわかった。おばさんはニコニコしながらここしばらく店に顔を見せなかった事を心配し、二言三言であっさりと僕から近況を聞き出す。自分の母親にもあまりおおっぴらにしない成績についても、この人なら話せそうな気がするのが不思議だった。

 すると突然、おばさんは「彼」が今ここに来ている事を告げた。ホームセンターの商品素材加工用の工房でなにやら作業させてもらっているらしい。急に現実に引き戻されてしまった様な気持ちになってしまった。なのに僕の今の心境を察しているのかいないのか、それを聞く暇も与えずおばさんはどんどんと工房に向かっていく。工房の窓ガラス越しに見える彼は、大きな旋盤を回していた。他の作業員の人達が着ている青い服とは違い、学生服の袖をまくった彼の細い腕が広い工房の中で違和感を発している。まだまだ幼いと思っていた顔立ちが、真剣に白いプラスティック棒を削っていく。僕はそれを覗いているうち、何故彼がここにいるのか、会わないうちに何があったのかを聞かないまでも、全て分かってしまった様な気持ちになっていった。おばさんは満面の笑みで僕らを引き合わせた。彼は旋盤を止め、「ばれたか」とも「何故ここにお前が?」ともとれない微妙な笑みを見せる。立ち上がって僕とおばさんに近づいてきた彼の掌には、完璧な真円を描いたZplusの腰部ビームカノンの砲身パーツがのっていた。

 高校を卒業したら、東京に出るという。おばさんと別れて二人きりになってから、彼はホームセンターの敷地内で売っているドラ焼きを食べながら、夕闇迫る駐車場の片隅で僕に打ち明けた。久しぶりの再会にも関わらずぶっきらぼうに、だ。もしや、と、なんとなく覚悟はしていたが、先に話の前後を語られてしまったら幼馴染の僕は当然反対していただろう。彼の決心を読み解く術もなく。だから内心、読みが当ってホッとした様に覚えている。

 彼も僕と同じく、例の「ガンダム・センチネル」に心を奪われていた。模型雑誌の連載記事という枠を超え、一つのムーブメントにまで成長していったその企画に、毎月20日頃から隣町の駅で新刊が届くのを待つほど惚れ込んでしまっていた。今にして思えば、僕らはこの潮流に巻き込まれていくのは必然といえるタイミングの年齢だったのだろう。時代を築き、さらに前人未到ともいうべき領域に躍進していく「送り手側」に対して、羨望ともやっかみとも言える気持ちが僕ら受け手の側には渦巻いていた。普通のモデラーならとてもついていけない次元の作例に対して「トラウマ」なんて言葉がささやかれ始めたのもこの頃だ。しかしそんな中でも彼は「送り手側に行く」という選択肢をとったのだ。

 それはプロ野球選手に憧れる少年の心というよりも、むしろ「恋」に近いものだったに違いない。自分の心をここまで引っ張っていく存在とは一体何か?そして「向こう側」に辿り付いた先で、自分は何ができるのか?模型は愛でるものと考えていた僕の心には、彼の剥き出しとも言える好奇心は近寄りがたい野心にも映った。彼の動物的なカンは目標へ直線を結ぶ様な無鉄砲さは持ちえず、今必要な技術の着実な習得をはかっていた。模型屋の店長に助言を受け、この町の様々な場所で腕を鍛えさせてもらっていたという。製材所、自動車修理場、塗料の卸問屋、ホームセンターの工房、etc… しかし僕は町のあちこちで鍛錬に励む彼の姿を、この数ヶ月一度たりとも見たことは無かった。その事実が自分の世界の狭さを突きつけられたような気がして震えるくらい恥ずかしかった。「俺は模型が好きだから」と彼は諭したが、それは受け手と送り手では、好きの意味が違うという事に他ならないのだと理解できる。ただガンプラが好きだというだけで二人とも同じだと思っていた少年時代、それはもう終ったのだと、夜空の向こうを見つめる彼の目を見て解かった。

 受験が終って10年余、彼とは連絡をとっていない。日々の仕事に明け暮れ、なかなか模型の時間を捻出できなくなった僕は、いわゆる「積んどくモデラー」になった。申し訳無いとは思いつつ、いつか作るからと高々と積んでいってしまう魅力的なガンプラ達。それでもこれはと思うキットがリリースされるとなると、発売日は近くの店に朝早くから並び、昼休みは模型雑誌の作例を見ながら、夜に備えて仮組みを始める。職場の模型仲間からは昔に比べて理屈っぽくなったと言われるけれど、ランナーにニッパーをはさむこの瞬間だけは、受け手にも送り手にも共通の楽しみである事は間違いない。

 そして彼の造った作例記事を見るたびに、僕は思いだすのだ。
自転車を飛ばして通いつめた、小さな模型屋の日々を。

TEXT&CGWork  AERO
http://gundam25th.com/



< 
  ガンダム25周年の歴史とは、模型屋さんと僕らとの25年とも言えます。

 そして毎月25日に発売される模型雑誌は、東京と地方の模型業界を結ぶ重要な架け橋だったと言えるでしょう。送り手と受け手、双方の視点の違いから生ずるエネルギーの循環があったからこそ、ガンプラが単なる消費活動にとどまらない「文化」にまで駆け上って行ったのではないでしょうか。しかもまだそれは発展の途上にあるのが凄いところです。

< 今回の画像作成にあたって、GQ「模系屋」で公開された素晴らしいイラスト群を使用させていただきました。撮影店舗のロケーション情報に関して的確なアドバイスをくださったスタッフの方々、また、写真撮影を快諾してくださったサイトー模型センター(平塚市浅間町2-14)の店長さん、ご協力いただいた全ての皆様に厚く御礼申し上げます。


 

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